自己を高める努力

才能ある大学院生 -柳田充弘の休憩時間
才能ある大学院生 続き -柳田充弘の休憩時間
柳田先生のこの投稿を読んで、ドキドキした。
「気持ち以外の何かリアルなもの」を、自分は持ち合わせていないで研究室に入った。まさにその人なのだ。
自分はどれだけ成長しているのか、していないのか。研究室の中にいるだけだと、わからなくなってしまう。時に同期の友人と話をしたとしても、専門が異なる場合が多く、どこまで自分と離れているのか、近いのか図りかねる。そんなある種の不安を常に抱いていながら、なにか実行しているわけではなかった。そんな中で上記の文章を読んだため、見透かされたような気分になって・・・、いや、まさに見透かされてドキドキしてしまったのだ。
「激しい議論、厳しい議論、相手をとことん説得、時にはねじ伏せるような議論をやって生きぬいていくパワーのようなもの」これが本当に欲しい。だが、今自分に一番足りていないのも「議論」する力だと思っている。自分のいる研究室では、個々の実験内容が離れていることが多い為、多少議論が少なめになることはやむを得ないと思っていた。せめてゼミ (文献紹介) や会議 (進捗状況報告) で積極的な意見が交わせれば、それでいいだろうと思っていた。しかし今年に入ってから、議論不足を自覚したための不安というか、フラストレーションというか、そんなものが高まっている。しかし、これは自分だけの意識であり、今の状況を変える必要があるのかどうかもわからない。また、他に自分がどんな努力をすべきか、どうするのがベストなのか、具体的に見出せていないのが現状。
以下の記事も、読んでいて思うところが多々あった。もし自分の研究室の人でこの文章を読んでいる方がいたら、是非上記の記事や以下の記事を読んでみて欲しい。どう思うだろうか。
対等な議論ができる能力 -Ctenophoraの日記
一人の真夜中・生物系の大学院生が研究室ですること -柏松堂随想

きのう、「革新的な院生は科学の公道を歩もうとする普通の大学院生の5%もいれば十分です」、と書きました。わたくしは、自分が研究室を主宰できるようになったときに、自分の研究グループだけは例外にして、100%そういう若者だけからなるということを、夢にえがきました。もちろんK大理学部という特殊な環境だからこそ、考えられたのですが。結果、100%は無理だったかもしれませんが、ほとんどそういう若者達からなるスピリットの非常に高い研究室を維持できたとおもいます。

一体、どのような研究室だったのだろう。