昆虫・節足動物研究グループ セミナー第2回

前回は何か事情があって参加できなかったので、今回が初。
はっきり言って衝撃だった。
似たような生物を対象にしていながら、興味の方向が全く違うのだ。
生態学と生物化学では、手法や考え方が異なるのは当然。
当然なのだが、実際に話を聞いてズレの大きさを実感することができた。
以下に書く文章は実に怪しいので参考程度に。

種分化と交雑-オサムシを主な材料として-: 久保田 耕平 助教授 (森林動物学研究室)
これは何かの冊子で読んだことがある話だったのだが・・
細かいところははっきり言って全然理解できなかった。
様々な地域に生息するオサムシの生息域がどのように決定しているのか、オスの交尾器とメスの膣盲嚢に着目し、その形態の特異性が種の住み分けに効いていることを調べたという話。(・・でいいのかな。。)近縁種同士のオサムシであっても、交尾器は大きさ、形ともに大きく異なる場合がある。そのような場合、メスの膣盲嚢には「噛み合わない」ケースが生じ、交尾が成立しない。よって子孫を残せないことになる。そこで、ある一帯の生息域で交尾器の形を徹底的に調べる。そうすると、ある分布で異種が重なった領域があることがわかる。この領域では、2種類の特徴が合わさったような交尾器が見られ、雑種が生息していることがわかった。実際にどのくらい交尾器が異なると交尾が成立しないのか、交雑実験により検証。またその違いが遺伝的にどのくらい離れているのかをミトコンドリア DNA を比較することで解析した。
この辺まではわかったのだが、そのデータの解釈や、考察については全くついていけなかった。ゴミムシの話は、新種が見つかったという事実。雑種が容易に生じないケースであること。この2点しかわからなかった。

コガネグモ上科の多様化と特殊化をもたらした生態的背景: 宮下 直 助教授(生物多様性科学研究室
クモの吐く糸の性質の進化に注目した、多様性と特殊化についての話。
クモには地中性、徘徊性、造網性という3種類が存在するのだが、そのうち造網性に属するコガネグモ上科は9000種も存在し、多様な進化を遂げてきているらしい。そこで、コガネグモ上科の糸に注目した。クモの巣というのは、3種類の糸(枠糸、縦糸、横糸)と粘着物質で構成されている。(知らなかった。もう知らない事だらけ。)しかも分泌腺は3種類あり、枠糸と縦糸は瓶状腺から、横糸は鞭状腺から、粘着物質は集合腺からそれぞれ分泌されるらしい。粘着物質は、横糸だけにある間隔で置かれる。コガネグモでは、この横糸の強度、伸び率が高いため、弾力のある糸になる。粘着力も圧倒的。よって、これが有利に働いているというのがひとつ。次に、昆虫に見えにくい糸に進化したことにより、明環境に進出が可能となったという話。クモは種により、糸の紫外線に対する反射特性が異なる。コガネグモは他の種に比べて、ある一定域の紫外線を吸収するため、昆虫には見えにくいだろうということだ。さらに、なぜ明環境に進出すると有利なのだろうかということで、餌の種類に注目し、その分類を行った。その結果、植食性昆虫で大型のものを得やすくなることがわかり、明環境が有利に働くという結論。これには乾燥や気象条件など、あらゆるファクターが関与してきそうだが、それについては現在解析中だとか。
特殊化したクモの例として、ナゲナワグモについての話。
ナゲナワグモとは、糸の先端に粘着物質のカタマリをつけ、そこにガのフェロモンと同じ成分の化学物質を含ませ、オスのガを誘引することで餌を得るという、あまりに巧みなクモである。(まじかよー。すごすぎだよー。)このクモが、普通に巣を張るクモからどのように特殊化してきたのかを検証した。ナゲナワグモに至るまでには、普通のクモ→トリノフンダマシ→ツキジグモ→ナゲナワグモ。という進化の過程が想定されている。そこで、トリノフンダマシというクモの糸に着目した。トリノフンダマシの横糸は強度、粘度ともに強力で、直径は太く、粘球も大きい。この粘球には神経伝達物質が含まれているという話だ。(本当か?)しかし、これだけ優れた糸にも欠陥があり、湿度が低下すると粘度も低下してしまう。トリノフンダマシは高湿度条件下でのみ網を張る。
もうひとつ特殊化したクモとして、イソウロウグモについての話。
居候という名のとおり、イソウロウグモというのは他のクモが作った網を奪い取り、それを利用するクモ達のことである。(初めて聞いた・・)網は餌にもなるので、食べてしまう奴もいるらしい。この種の中には明暗による分布があり、互いに糸の成分に差があるとか、XRDで結晶系を比べたりしていた。ここから先は、全然理解できなかった。

どちらの話も、自分にとってはトリビア的であり、科学的にどうなのかという点については、全然ついていけなかったのが正直なところ。興味深かったのは、同じく特殊な糸に興味を持っても、その対象が全く異なるという点であった。長澤先生が質問をしたのだが、その糸の成分はどのような物質であり、もし同定されているなら、その物質同士の比較で種の違いを語ることはできないのか?という観点。特殊な糸 → 特殊な分子 というようにモノに注目する。自分もその点に興味を持ったのだが、どうも反応がよろしくない。あまり興味がないらしい。それよりも、その性質の違いが餌の違いから生じているのではないかということで、それを調べたい。ということなのだ。特殊な糸 → 特殊な生態 というわけだ。これはあまりに明瞭な違いで、驚いたというか「ぁー。そういうことか。」と、納得することができた。と共に、自分がモノに注目する生物有機化学的な考えに、良くも悪くも十分に毒されていることも認識できた。この差異を埋めるように共同研究を行ったら面白いのになー。と思いつつも、興味がすれ違ってる以上、なかなか難しいのかなとも思った。こんなことを考える機会を得たということだけで、今日セミナーに参加した意味はあったのではないかと思う。
その後の懇親会では、そのあまりの違いを意識してしまい、なかなか踏み込めなかった。それでも数人とは話をし、その違いっぷりを更に痛感したのでした。今後もこのマニアックな研究グループのセミナーは楽しみだ。マニアックで思い出した。研究室毎に自己紹介を行ったのだが、生態学系のテーマの多様っぷりに圧倒された。全然わからないのだ。その生物も知らないし、現象も知らない。よって、わかるわけもない。超絶にマニアックなのだ。自分達もそれなりにマニアックになってきてるとちょっと思っていたが、大間違いだった。とんだ勘違いだった。思い過ごしだった。思い上がりだった。この人たちこそマニアックというべき知識を持っている。博物学的な知識があるような気がする。そう、巷で言う「なんとかハカセ」ってやつに一番近いイメージだ。
うわー。すごい長くなった。現実逃避ってこういうことを言うんですね。
おやすみなさい。

追記: 糸の成分について
カイコの糸は、主に fibroin というタンパク質で構成されている。350 kDa の heavy chain と 25 kDa の light chain からなる。一方、クモの糸の成分もいくつかの種で解析されており、Nephila clavipes では MaSp1 と MaSp2 (Major ampullate Spidroins)、Araneus diadematus では ADF-3 と ADF-4 (Araneus Diadematus Fibroin) が見つかっている。カイコと同様に、主成分は fibroin のだが、他の成分や全体的な構造が異なっている。

Scheibel T.
Spider silks: recombinant synthesis, assembly, spinning, and engineering of synthetic proteins.
Microb Cell Fact. 2004 Nov 16;3(1):14.

これは、クモの糸を作ってしまおうという試み。fig.1 の SEM 写真で驚いた。太い糸に、細いらせん状の糸が付着している。おぉ。

Xu M, Lewis RV.
Structure of a protein superfiber: spider dragline silk.
Proc Natl Acad Sci U S A. 1990 Sep;87(18):7120-4.

クモの fibroin の構造は1990年に明らかにされていた。各種繰り返し構造を持っているのが特徴的。
カイコゲノムでも言及あり。
id:asa-_-3:20041212#p1
トラックバック先に、詳しい解説あり。